帰郷


帰れない場所に沈んで
君は泣く
君の掌にのった宇宙はいつも不機嫌な言葉で君を傷つけるけれど
夜を裏切ったのは君の方だったのだから仕方がない

それは君もわかっていたことだろう?

谷底に落ちた観光バスは数時間ほどで燃え尽きて
その焼跡から紅い黒曜石を見つけたのは確か君の妹だった

血液の流れる筋にも似たあの紅い鉱石
星空を埋める場所を探して君の嘘を僕は信じた

誰にも罪はないと僕は言ったけれど
ごまかそうとしてもごまかしきれなかったのは
僕の左手にへばりついて離れてくれない小さなふるえだ

僅か数センチの距離が生死を分けたとテレビリポーターが
僕に向かって囁く
本当にこの私が生きていてよかったのかしら?と君は
良心の呵責と生の安堵感の間を彷徨う

真夜中に羊飼いと羊の群れが南へと向かう夢を見た
夏を目指していたはずのバスは闇の中
君の言葉が秋を期待しているように
夏の匂いだけを残してバスは谷底へと消えた
望もうと望むまいと
生きている限り
幾年も迎えるであろう秋の鍵を君は手に入れたのだ
君の涙の代償は
多少の右腕の痛みと
これからは空を仰ぎ見ることが少なくなるだろうという事実だけ

砂粒にまみれた白い服で右腕の擦り傷をさすりながら
夏草の匂いに包まれている君を見て
初夏の光で掌を灼いたのは正しいことだったのかもしれない
と静かに妹は笑った
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