二十日鼠


夜の重さを欠いて世界が疼く

タグボードに一面植えられたたくさんの花々が

海に夜露の雫をいっせいに垂らすころ

巨大な愛憎の網で包まれた魚達が沖に打ち上げられる

男は短く太いユビでそれを選別し

砂漠に適合した大きさのものだけを土に返してやる

髑髏の花を買って髑髏の道を帰ってゆく娼婦が

麝香のつまった硝子の首飾りと交換に

男から一尾の魚を受け取ると

世界は突然真暗闇となり

小さな小箱に閉じ込められた二十日鼠のように

たいそうな騒ぎで震えだす

男はその箱のような暗闇世界の中で

以前妾としてとらえた女の不思議を考える

傷口は浅くさざ波に紛れて

桜海老色した唇は夜に溶け

ただ手探りで辿った形態は確かに

その幹のような太いユビに感じられたものの

けっしてその姿を最後までとどめることなく

こつ然と消えた・・・

男の掌の窪みに雫が落ちる

駱駝の涙のようにそれは掌からこぼれ落ちて

広大な砂漠の土の小さな一点を赤黒く染める

透輝石の欠片を滴らせたような疼きが男を襲い

男は溜息とともに海岸と砂漠の境目に腰をおろす

静かな波の音に揺られて

遠く女達の乗った筏が漆黒の波間を漂っている

明日の朝には・・・

女の匂いにだけ嗅覚を鋭利に尖らせた

異国の男達のもとへと売られてゆくのだろう

男はぼんやりとそう思う

ただ無事に異国につけばの話だが・・・

男のはらわたは重さを欠いて苦痛に支配される

海と砂漠の境の漁場で花束を抱え死んでゆく魚達

どれだけの数のそれを男は目にしてきただろうか

夜空はまだ暗く

夜が明けるまでにはまだしばらくの時間がかかるだろう

夜を支配する潮風と海虫の群れに

つかの間男は顔を歪めはするが

それとていつもと変わらぬ

この国での日常であることに変わりはない

タグボードの花々に埋もれ

広大な海を彷徨う姿を想像しながら

男は頑強な躯を牛のようにまるめ静かに目を閉じた
 

 

  

 

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