奇譚


一、約束

掛かり付けの医師
十センチ四方の遺言
ツェランは眠り
瞼の下に憂いを隠す




二、旅立ち

飲み込まれたもの
錠剤の下調べ
ホイットの脈打つ鼓動
「ああ...今一度!」




三、電信



越境の地
星空
ガスターは掌に
無数の砂粒を拾う




四、信徒

イーゼルの上の静物画
トマス=フューリーの断末魔
声を殺して
死を選んだ




五、克服

落胆する雷鳴
火の粉をあげて
燃え盛る小屋の主
ウインスコット卿の信仰心
「膝をたてて!
膝をたてて!」




六、謹慎

鏡の向こう
微笑を浮かべる
少女
ベローナの手品師
しなやかな彼の指先
触れる唇




七、望郷

暗室に立ち尽くす影
目頭をおさえて
泣く女
遠い湖
ローゼンクイストの夏




八、街灯

街灯に噎せ返る人波
意識を飛ばして
アルコールと戯れる青年
「真実は皆無?」
若きフリードソンの歪な祭壇




九、美術館

深い森
指先に光る銀のリング
「絶えず流されて...」
一枚の絵に見入る
ドン=シーザーの老朽




十、空白

埋められた地図
波飛沫の残響
フリントの心の内
無数の貝殻
消えゆく足跡







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