水族館


日が落ちる
私は眠る
遠い街の欅の木を思い出して

私は眠る
遠い島の海の青を思い出して 

水族館の魚達
傷口をなめあうように群れる人々と
縺れあうように泳いでいる
私の知る幾つかの夜に似て水の中はとても涼しげ
私はその水面をひらひら漂い
心地のよい寝息をたてている一頭の蝶をみる

水族館の海に埋もれた階段をのぼる大人達
その側璧には無数の落書き
なかには昔私が家の軒先きの端にこっそり埋めたものまである
見知らぬ誰かの掌が私の頬を打ったような感覚
日が翳りじりじりと月の熱が空気を侵食してゆくのがわかる
私は壁の落書きの一つを声に出して読んでみる

「また、ここであおう。」

力無く華奢なか細い字体

ここで?私は考える
この場所でいったい誰と誰が出会ったというのだろう?
(もしかすると出会わなかったのかもしれない。)
(もしかするとまだ出会っていないのかも知れない。) 

私は夜に埋もれかけつつある水族館の
ひび割れた箇所から流れ出す海水の膨大な量に驚く
気がつくとすでに私の腰のあたりにまで海水はおよんでいる

もしかすると・・・

海水を吐き出している水族館さえ飲み込んでしまうかもしれない
目の奥で誰かが
何かが笑っている

「また、ここであおう。」

そう誰かが
何かが呟いている声が耳に震える

ああ!
いまだに海水は増え続け
その速さといったら尋常ではない
私の頭が埋もれてしまうのも時間の問題だろう 

水族館のなかで何ページもの言葉を割いて増え続けてきたもの
私は思い出す
遠い記憶の隅に眠る私の姿に魚達は撒き餌としてつかわれた
いったいどんな毒を吸って彼等は生き長らえてきたのだろう?

私は浮いている
水族館のはるか上を
海水の量は空にまで届きそうだ

私は漂っている
水族館の魚達のように

目をとじる
目の奥で私自身が笑っていてとても愉快だ
太陽に
月にちかいところまで私は漂ってゆけるだろう

日が落ちる

月明かり

遠い街の欅の木を思い出して

遠い島の海の青を思い出して

私は眠っている

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